毎日新聞の「ガザ市民の日記」(2023年11月現在連載中)に、戦時下で暮らす高校教師のアシュラフさんの日々が綴られている。アシュラフさんは偶然にも私(編集・飛田)と同い年で、幼い子どもと高齢者を含む18人の親族を抱えて、なんとか毎日を乗り越えている。
朝からパンを探したけれど店を開けているパン屋さんが一軒もなく、1日の終わりに難民キャンプの入り口でビスケットを買えた。
携帯電話や懐中電灯の充電は国連の診療所の電気に頼る。診療待ちよりも長い充電待ちの行列に並ぶ。
小麦粉は7倍に、塩の値段が20倍になった。
休戦のニュースを耳にしたが、近所の爆発音は増えている。今日も爆風で窓ガラスが割れたから、ガラスを買いに行かなければならない。
このような、具体的で切実な「生活」が綴られている。
今日の朝刊では4人のお子さんが高熱を出したこと(おそらくインフルエンザ)が伝えられ、心配でたまらなくなった。薬はおろか、きれいな飲み水を手に入れることすら困難な状況なのだ。
中面に載っているこの「日記」を、一面の政治的な大きな動きよりも先に読む。
アシュラフさんの生活が気になる。無事でいてほしいと思う。
「美しい実用書を作り届ける」という社是を掲げて創業したすみれ書房は、この12月に5周年を迎えた。
「実用書」とは、生活のための本である。
普通の人の生活は、新聞の一面に載る重大ニュースではない。しかし、すべての人に生活があり、だれもが食事や住まいや衣服を整えることに苦労し、ある人は病と闘い、ある人は家族の悩みを抱えている。
悩みだけじゃなくて、やせたい、健康になりたい、もう少しお金がほしい、きれいになりたい、家を片づけたい、庭に花を植えたい、パンを焼いてみたい、推しに会いたい……。そんなささやかな欲や望みも生活のなかにあり、生きていく力になっている。
みなさんの生活が気になるし、すみれ書房の本が少しでも生活の役に立てるよう日々本づくりをしているが、実際に役に立っているかどうかはわからない。「人の役に立とう」などおこがましいな、とも思う。
ただ、世の中には、特別な知恵と才能を持つ人がいる。著者になるべき人だ。実用書とは、著者の持っている専門的な知識、知恵、表現と、読者の間をつなぐ橋のようなもの。そういう意味で出版社の役割は、まだあるのだと思う。だから、心をこめて、橋となる本を作っていきたい。できるだけ、美しくあたたかい形で。
5年間支えてくださった方々、ありがとうございました。
みなさんの生活、そして戦時下で生きる人の生活が、昨日よりもよくなりますよう、お祈りします。
2023年12月3日
すみれ書房株式会社
生活とは、やさしく、あたたかく、おもしろく、時にしんどく、汚れた部分もあり、それらすべてをひっくるめて、美しいものだと思います。
だれかの美しい生活に役立つ本を、という意味がまずひとつ。もうひとつは、オブジェクトとしての美しさです。
用紙、印刷、造本、組版、装丁。すべての妙が調和したとき、書かれた言葉は幾重にも輝きを増します。
「紙の本」にしか表現できない美しさがあると、信じています。